メカばか講座 第5時限 「ブレーキ」

ブレーキの話
ブレーキ。日本の自動車で、これくらい性能が世界基準でいくと見劣りするものも少ない。まともなのは本当に一部のスポーツカーくらいで、それでも雑誌などでは結構叩かれていたりする。日本の法律上の制限速度からすれば、確かにそれで十分なはずなのだろう。しかし事は安全に直結した話であって、安全をやりすぎという話はないのだから、多少贅沢でも良いものを付けてほしい。しかし評価が高いものは外国製が多く、日本のメーカーでも作れないはずはないし、現実としてレース用のものなどはいいものがある。だが一般用となるとなぜか作ってない。これも今更新規に開発するより、買ってきた方が安いからだろう。
ブレーキは、自動車の場合はほとんどが油圧式で、機械式は、サイドブレーキや2輪車などしか無くなってしまったし、エア式などは限られた車種や大型車に使われている。制動方式はディスクブレーキとドラムブレーキが主流で、その他のものは非常に事例が少ない。
ところで、ディスクとドラムどちらが良く効くかというと、同じ条件ならドラムの方がよく効く。シューの当たり面はパッドより広いし、サーボ効果もあるからだ。サーボ効果とは自己倍力のことだが、ドラムでも型式がいろいろあり、サーボ効果はずいぶん違う。しかし自動車の高速化や、放熱性や片効きなどの問題を重視する傾向もあり、最近はディスクが多くなっている。トラックでもディスクが出始めているし、鉄道や航空機もディスクが多い。しかし飛行機のディスクブレーキなど、全面キャリパもあったりするとてつもないものだ。ディスクローターの素材は普通は鋳鉄で、コストと効きを比較するとバランスが取れている。レース用などではカーボンローターも多い。
ブレーキは放熱との闘いでもあったが、ディスクだと、ベンチレーテッドも多い。さらにエアインレットや水冷キャリパーを備えるもの、熱変形に対応したフローティングディスクのものもある。

ブレーキでなぜ止まるのか
普通の自動車に付いているフットブレーキを踏むとなぜ止まるか。ということを適切に表現出来る人は少ない。
今や、殆どの自動車に採用されているフットブレーキ(主ブレーキ)は摩擦ブレーキとなっているが、摩擦ブレーキとは、「運動エネルギーを、摩擦力を利用することにより熱エネルギーに変換し、大気(水冷式などもあるが)と熱交換することで結果として運動エネルギーを奪い、制動力を得る」装置だ。
そう、摩擦がないと何も始まらない。すべては効率的に摩擦を発生させ、それを制御しやすい形にしたもの。
これが、優れたブレーキということになるのだ。
ちなみに「ブレーキ」という言葉を嫌う人もいて、そんな人たちは「スピードコントローラー」と呼んでいるらしい。
目的からすると、こちらの方がより正しいと言えるのかもしれない。

ブレーキの性能は、制動距離、空走距離、停止距離が言われているが、ここにその式を書きます。
制動距離(m)=V^2/254×(W+W')/F
V:制動初速度(km/h)
W:自動車の重量(kg)
W':自動車の回転部分相当重量(kg)
F:制動力(kg)

空走距離(m)=Vt/3.6
V:制動初速度(km/h)
t:空走時間

停止距離=制動距離+空走距離


ブレーキの種類
ブレーキと一口に言っても、摩擦の発生の仕方でいろいろある。昔々まだ自動車がなかった頃、それこそ馬車の時代は、映画でもよく見るように、車輪の外側にものを押し付けて制動していた。この制動子のことを「シュー」(木靴に形が似ている)と言ったわけだが、この擦動面を内側にしたものが、「ドラムブレーキ」と言う訳だ。このドラムブレーキの時代は長く続いた。そのためバリエーションも多い。
現在の「リーディングトレーリング」タイプは、効きこそ最強ではないが、扱い易さや信頼性の高さから、最もよく使われている。リーディングシューとトレーリングシューと言う2枚のシューを持つ。この時、ホイールの回転方向により、引き込まれるシューと押し出されるシューが発生する。これはシューの動く基点である、アンカピンが同じ側に付いているためだが、効きは当然ドラムに引き込まれるシューが良く効く。このドラムに引き込もうとする作用を「セルフサーボ(自己倍力作用)」と言う。これが、ホイールの回転方向が変わると、セルフサーボの強く効くシュー(リーディングシュー)は逆のシューとなる。つまりシューの大きさが同じであれば、前進、後進ともに同じ制動力が発生する。
この方式は、現在後輪のブレーキによく使用されている。なお通常ホイールシリンダは1個で動かす。

これに対し、もっとよく効くブレーキにしようと作られたのが、「ツーリーディング」タイプ。2枚のシューはともにリーディングシューとして作用する。逆に回転方向が変わると2枚ともにトレーリングシューとなり、制動力は低下する。
このタイプは、フロントブレーキによく使用されている。当然前進時にツーリーディングになる。このためアンカピンは対角線状に配置される。シューを動かすホイールシリンダは通常2個必要になる。ホイールシリンダを1個にしたものは「ユニサーボ」と呼ばれる。

ツーリーディング、ユニサーボは、回転方向が変わると、極端に性能が低下する。これを改善したのが、フローティングツーリーディングやデュオサーボ。
フローティングツーリーディングは、アンカピンを完全に固定せずフローティング状態とし、逆に回転した時固定端が変わるようになっている。
デュオサーボは、固定端が回転方向により変化し、常に最も大きいセルフサーボが作用するように設定されたもの。

ただし、ユニサーボやデュオサーボは自己倍力が強くて、ものによっては「かっくんブレーキ」となりやすく、扱いが難しい。慣れない人が操作したなら、急ブレーキなどかけた日にはシートベルトのお世話になってしまうだろう。注意が必要。

現在、フロントブレーキのドラム式というのは、大型の貨物車くらいだが、ツーリーディングを採用している車が多い。特性の穏やかな安定性重視なのだろう。

ところで、現在の小型車の主流は「ディスクブレーキ」。文字通り、円盤状のブレーキディスクに、ディスクパッドを押し付けて、摩擦を発生する。ディスクブレーキの利点は、
・パッド当たり面が外面に開放されていて冷却性が良い
・異物が付着しても遠心力で飛ばされ、清浄性が高い
・ライニングの摩耗によるペダル踏み代の変化が少ない。
などだが、反面、ドラム式のようなセルフサーボが乏しいので、絶対的な制動力としてはドラム式にはかなわない。しかし、自動車は高速時代で、効きの特性が比較的安定しているディスクブレーキが、高速走行用には好まれている。
ディスクブレーキは、キャリパの形状により、対向ピストン固定キャリパ式、シングルシリンダ・フローティングキャリパ式がある。
最近は、高出力車の台頭もあり、フローティングキャリパでも2ピストン(2ポッド)や、対向ピストンでは4ピストン(4ポッド)、レース用対向ピストンでは6ポッドや8ポッド水冷式なんてのもある。
さらに、中型トラックなどでは、キャリパが2個付いたものや、鉄道や航空機などでは、ほぼ全面がキャリパになっているものもある。また、負荷が増えるとディスクと言えども放熱が重要視され、ディスクに放熱孔の付いたベンチレーテッドディスクや、冷却ダクトの付いたもの、熱膨張に対応したフローティングディスク、軽量化などのためにカーボンディスクなど、さまざまなタイプがある。

 
デルタの対向4ピストンキャリパ(ブレンボ製)

キャリパーの形状について、対向ピストン式は両側からディスクの方向に向けてパッドを押すピストンを備えたもので、ピストンの動きが独立している。4ポッド(片側2ポッド)では効きの特性を安定させる目的で異形ピストンにしたものもある。


デルタのリアシングルピストンフローティングキャリパ(ガーリング製)


シングルピストン型は現在においても多く使われている。構造はシンプルで、ピストンは1個しかない。ピストンがパッドを押すとディスクに押しつけられるが、シリンダーはフローティングマウントされていて、ピンに沿ってその反作用でスライドし、そこから伸びたアームが反対側のパッドをディスクに押しつけるという構造になっている。ただ整備の点ではスライド用のシャフトの状態を良く見ていないと片効きを起こす場合がある。なおこのタイプで高出力車のフロント用にはパッド面積拡大とともに2ピストン配置としたものも多い。

シングルピストンフローティング型に対して事例は少ないがツーピストン式というのもある。これは言ってみれば、シングルピストン型のシリンダー両端にピストンを備えたものである。つまり反対側(外側)のパッドもピストンで引っ張るという方式となっている。片効き度合いも少なくなった(0になった訳ではない)とされているが、出来の良いシングルピストン式の方が良い場合もあるし、なんとも言えない。

現在、自動車の場合は上に書いたドラムブレーキとディスクブレーキがほとんどだが、これ以外のブレーキも存在する。
キャリパーブレーキは自転車によく見られるブレーキで、モーターサイクルにも事例がある。ディスクの代わりにホイールを掴むタイプのブレーキである。
バンドブレーキも自転車ではポピュラーだが、クラシックカーなどでは四輪車にも使われた事例がある。
そのほかにも摩擦ブレーキではないが電磁粉体式ブレーキや電気式ブレーキなどがある。

倍力装置、エアブレーキとABS
倍力装置は、いまやブレーキにはなくてはならない存在になってしまった。昔、友達の車で倍力装置のホースが破損したことがあり、ものの試しに、乗ってみたが、はっきり言って「ブレーキが無いに等しい」くらいだった。それくらい重要な「倍力装置」。最近のディスクブレーキの普及の影には、倍力装置の進歩というものも多いのかもしれない。
倍力装置は、俗に「ハイドロマスター」とか「マスターバック」と言われているが、ハイドロマスターが分離型、マスターバックは一体型と言われている。何が分離かと言うと、倍力装置とマスターシリンダが分離していると言うこと。分離型は大型車に、一体型は主に乗用車に使われている。これも大型車では巨大な倍力装置を置くスペースの確保が難しいからだろう。
なお、ハイドロマスターはよくオーバーホールしたりするが、マスターバックは一般的には分解しない。悪くなったら交換という場合が多い。
またハイドロの駆動がエンジンなどの負圧を使用するのに対し、圧縮空気を使う「エアマスター」と言うのもある。

また、倍力装置ではないが、大型車によく使われるブレーキに「エアブレーキ」がある。通常の油圧式ブレーキがホイールシリンダでシューを動かすのに対し、「エアチャンバ」と言う、ダイアフラムのようなもので駆動する。これを動かすのが圧縮空気で、これを制御するのがブレーキペダルが付いている「ブレーキバルブ」だ。油圧式のように踏み込むイメージでなく、スイッチのようなものなので、ペダル操作力が少なくて済むという利点がある。

ABSは最近の乗用車では、ほぼ100パーセント装着されるようになった。要するにアンチロックだが、安全に対する配慮をやりすぎということはない。ABSの制御としてはホイールの回転センサーがタイヤロックを検知するとブレーキの油圧を緩めて、ロックを解除する。このため油圧を解除復帰の動作が繰り返され、ブレーキペダルにも反力として振動が伝わるので動作が確認できる。なおむちゃくちゃ滑りやすい路面状況では、「ほとんどブレーキが効かない」という状況も想定される。
このため、ある一定の踏力を超えると、ABSの効果を最大限発揮させるため倍力装置を2段階にした、「可変倍力装置(ブレーキアシスト)」を備えたものもある。これにより、最も制動力が出るブレーキ操作を車が自動的にやってくれるということになる。
さらに、近年では「衝突被害軽減ブレーキ」が徐々に普及しつつある。
これは構造的にはミリ波レーダーや赤外線、あるいはカメラ画像などにより、前方の車両の探査を行い、これにより衝突の危険が察知された場合には、自動でブレーキ操作を行うものである。
大型車による事故の多発などにより、大型車が先行して搭載義務化が進んでいるが、将来的にはその他の車両でも義務化の話が出てくるかもしれない。
まあ、いいものだとは思うけれど、運転者の操作感覚をスポイルするようで、危うい機構に思えて仕方がない。