パーツは語る(部品にまつわる物語)

第2話 謎の棒
この部品は何でしょう。10秒以内に判ったならば、あなたは整備士ですね?



判らない人のために答えを言うと、これはテンションロッド(ストラットバーとも言う)です。
テンションロッドがどこに付いている部品かというと、主にフロントの懸架装置でストラット
型サスペンション(Iアーム式)の部品で、Iアームからシャシに向かって斜めに取り付いて
いる部材です。特にFRレイアウトの車によく付いてます。
なんでテンションロッドと言うかというのは、このロッドでIアームを引っ張って、位置がず
れないようにしているからなんですね。なぜ最近の車に付いていないかと言うと、最近の
車はフロントはAアームの車が多くて、Iアームの車が少なくなったからです。
ところでなぜこんな部品を後生大事に持っているかというのは、この先端の形に理由が
あるんです。



グラインダーで薄く削ってあるでしょう。そこへもってきて、先端がちょっと曲がっているで
しょう。なぜ曲がっているのか?
そう、このテンションロッドは整備士が工具として使用するためにこのように加工されたの
です。使い方はいろいろで、ファンベルトを張ったり、部品をこじって外したり、位置決めを
したりと非常に汎用性の高い道具なんです。車に常備しておけばいざという時、ガラスを
割って脱出する工具にもなるし、暴走族にからまれた時に闘う武器になるかも知れませ
ん。昔の整備士は気が荒かったからね。
まあ武器というのは冗談ですが、自分の車に1本積んであるという整備士はけっこういた
と思います。こまった時のテンションロッドというもんです。
しかし、このような頑丈な部品が付いていたのも昔の話し。今では低燃費軽量化の時代
で部品もどんどん削られていく一方。整備も簡素化されて、重整備は少なくなりつつあり
ます。
でもテンションロッドは昔の整備技術を今に伝え続けている。


第1話 ピストン
この写真のピストンは僕がまだ整備士をしていた頃、先輩が捨てるというのをもらった
ものです。



このピストン、どんなエンジンのピストンでしょう。この写真だけで判った人は偉い。
実は、このピストンはあの名機ニッサンスカイラインGC10、そう、GT-Rに搭載されて
いた、「S20」のピストンです。
昭和40年代の前半、まだオイルショックになる以前、モータリゼーションという言葉が
翻っていた時代、自動車メーカーがまだ小回りの利く規模の会社だった時代、高度成
長で社会にもゆとりがあった時代、そんな時代だったからこそ、あの時代の自動車に
は「夢」があったのだろう。
S20自体は、かのレーシングマシン、プリンスR380に搭載されていたグロリア用G7
を発展させたGR8をディチューンしたものだと言われている。
プリンス系のエンジンは、プリンスが日産と合併するとともに規模が縮小されていった。
これには政治的な匂いがしないでもない。日産にはJ20やL20という6気筒があった
のだ。
そしてグロリアはA30の時代にセドリックと同じL20を搭載するようになる。
スカイラインも、G7のウェーバー3連装はS54Bまで。1600や1800の4気筒ではプ
リンス系の「G」シリーズを搭載するが、日産にはL18なども存在し、Gシリーズは村山
工場製の車種(スカイライン、ローレル)にしか搭載されなくなってしまう。
GエンジンはOHCクロスフローという当時では一歩進んだエンジンで、(L型はカウンタ
ーフロー)このエンジンをやめさせたのには日産上層部の圧力があったのは間違いな
いだろう。
そんな時代にプリンスエンジンの末裔であるS20がレースで50勝もしたのは、技術者
にとっても溜飲の下がる思いであったろう。
見ての通り、さすがにレースを考えたピストンだけあって、ピストンピンもフローティング
だし、オイル穴もよく考えられている。ピストンヘッドもバルブ逃げが4個ある。トヨタ20
00GTの希少価値がすごいと言っても、エンジンは2バルブ。S20の足下にも及ばない。
プリンスという車があったことを知る人も少なくなった。しかし、スカイラインGT−RとS
20エンジンは忘れられることはないだろう。