登頂の記憶 2013.8現在
ここでは、僕が登った山で記憶に残る山について記したいと思います。いかんせん、昔の話なので
現在とは状況がかなり違っているところもありますが、ご了承ください。
金華山(稲葉山:岐阜県、329m)1970年頃登頂 おそらく、僕が初めて登った山。初登頂は「瞑想の小径」ルートだった。その後、「百曲がり」、「七曲 がり」、「馬の背」と、全ての登山道を制覇した。馬の背は以外ときついルート。平成4年を最後に登 っていない。山登りを始めるきっかけとなった記念すべき山である。 伊吹山(滋賀県、1377m)1975年登頂 滋賀県で最も高い山。山頂付近は山野草の生えるお花畑として有名。通常は9合目まで車で行っ てしまうので、下から登ったのは2回しかない。最初はスキー場をえんえんと歩き、あまり面白みは ないが、スキー場を過ぎるとジグザグの急登が続き、夏の昼間の登山では照りつける日光を遮る林 もないため、けっこうきつい。頂上付近はフラットで、ガスが出ていると迷いやすい。山頂にはヤマトタ ケルの石像がある。 富士山(静岡県・山梨県、3776m)1990年登頂 いうまでもなく、現在日本一の標高を誇る山。山頂は浅間神社の敷地であり、ここの県境は未定 となっているのは以外と知られていない。 僕が登ったのは平成2年の夏。夜に出発して山頂を目指したのだが、深いざくざくとした溶岩質の 礫で覆われた道は非常に歩きにくく、靴(スニーカー)が破れてしまうというハプニングと底がフラッ トの為によるスリップで体力を消耗し、さらに追い打ちをかけるように8合目ぐらいから高山病の症 状も発生。割れるような頭の痛みを我慢し、山頂に到達したことを覚えている。 剣ヶ峰に至る登りは靴のスリップもあり、文字通り這いつくばって登った。 また、富士山レーダーの前に立ってはいけないと言われていたのを忘れ居住棟の上に立ってしま い、後日生まれた子供は3人とも女の子だった。やはり影響があったのだろうか。 なお、平成3年に再度挑戦する予定だったが、行く1週間前に尿管結石を発病し、体調不調により 登頂することが出来ないという、悔しい想い出もある。またいつか登ってみたい。 なお、平成25年に世界遺産に登録され、登山客が大幅に増えた模様で、静かな山行が好きな自分 としては、いつ再登するか目処はたっていない。 乗鞍岳(岐阜県・長野県、3026m)1992年登頂 乗鞍岳に初めて登ったのは平成4年のこと。自転車で肩の小屋まで行き、そこから歩いて行った。 一緒に行った友人は山頂まで自転車を担ぎ上げるという荒技だった。現在までの登頂回数は5回。 すべて畳平からでの登頂で、1回くらいは野麦や乗鞍青年の家から登りたいが、迷いやすいという 話しも聞き、実現していない。 2006年には初めて子供と登ってコマクサを久しぶりに見た。これを機会に子供も北アルプス主稜線 に連れ出してみたい。 奥穂高岳(岐阜県・長野県、3190m)1992年登頂 初めて北アルプス主稜線にデビューした山にして、槍穂高連峰の盟主。いきなり奥穂高に登るという 暴挙に出てしまったが、ジャンダルムを見た瞬間にトレッカーからアルピニストになったのだと実感した。 初めて命の危険を感じた山。しかし、当時の能力では縦走は困難と判断し、ザイテングラードを再び 下りて帰ったのだった。 2回目の山頂に立ったのは2001年の8月。余裕で登頂したが、下りに使った白出沢は歩行距離が長 く体力を消耗させる、以外に厳しいルートだった。登りには使いたくないルート。 次回登る時には、前穂に縦走したい。 槍ヶ岳(岐阜県・長野県、3180m)1993年登頂 北アルプスでは文句無しに、人気一番の山だろう。アルピニストデビューという人が登る山、あるい は若者がまず登る山という感じがする。 僕はいきなり奥穂高に登ってしまったため、槍ヶ岳が怖かったという記憶はない。もっとも、最近は梯 子や鎖が増設され怖くなくなったという話しもある。 当時、山小屋で出会ったベテラン登山者の話によると、奥穂高と槍ヶ岳に登れれば、剣やキレットも 行ける、という話だった。西穂−奥穂は、体力的にはキレットより楽だが、落ちたら死ぬというポイント が多いということだった。 まだ死に急ぐことはないので、ジャンダルムは見るだけにしておこうと思う。 2回目の登頂は2002年の9月、双六小屋から西鎌尾根経由で登頂。疲労度も少なく快適な登山だっ たが、約10年振りの穂先はルートが変更されており、昔の「最後の一手の怖さ」が無くなり、梯子が 新設されていた。あれはあれでちょっとしたスリルだったのだが・・ 槍ヶ岳はまた登ることもあるだろう。ここは登るルートも多く、何回来てもいい。 蝶ヶ岳(長野県、2664m)1993年登頂 一般の人には知られていないが、新聞で山の天気という欄には出ていて、北アルプスを代表する山 なのだろう。それも、この山が槍穂高連峰を眺める格好のビューポイントだからである。山を見るため に山へ登るのであれば、これほどいい山はないだろう。、 ただし、僕が登った時は曇り時々雨という悪コンディションであり、山頂からは数分間視界が開けただ け。そこへもって、大したことないだろうと思った横尾からの登りが以外ときつく、それもそのはず、標 高差が1000m近くあるのである。山をなめたツケを思い知らされた登山であった。最近、山頂が蝶ヶ 岳ヒュッテの近くに変更された。 2回目の登頂は2002年の夏。徳沢から長塀山経由で到達。歩行時間が長く、疲れた。蝶ヶ岳ヒュッテ はまるで10年前と変わっていないのではと思われるほど旧態依然とした山小屋だった。逆に言えば、 昔風の登山を味わうには良いのかもしれない。 御嶽山(岐阜県・長野県、3067m)1997年登頂 御嶽山は北アルプスに含まれるが、槍穂高連峰と離れてあるので独立した山と見ていいのだろう。 火山であり、現在も活動している山としては最も標高が高い。 車で行けば日帰りで登れる山だが、3000mオーバーは伊達ではない。いいかげんな気持ちでは 登ることはできない。 富士山と同じく信仰の山で、見る角度によっては富士山とそっくりというのも面白い。 登るのに特に危険な個所はないが山小屋は少ない。 弓折岳(岐阜県、2588m)2000年登頂 山登りの目的が、鏡平で写真を撮るという目的であったにもかかわらず、調子に乗りやすい同行者の おかげで登るはめになった山。裏銀座の稜線上にあって、ピークらしいピークもないが、蝶ヶ岳に並ぶ 岐阜県側で格好のビューポイントだと思う。ここへ登る途中で初めてオコジョを見た。 涸沢岳(岐阜県・長野県、3110m)2001年登頂 涸沢岳は北穂から縦走する手もあるが、不安もあったので縦走はせず穂高岳山荘をベースに登った。 ただし天候が悪く、ただ登っただけ。ガスが嫌いな僕は登る気はなく、渋々付いていった。次に登るとし たら北穂から縦走したいが、天気が悪ければ行かないだろう。 北穂高岳(岐阜県・長野県、3106m)2001年登頂 涸沢岳、奥穂高岳が調子よく登ることができたのに気を良くして滝沢とキレット見たさに登ってしまった。 久しぶりに単独での登山であったが、雨にたたられ涸沢小屋に連泊した。 ガスの中を見え隠れする滝谷とキレットは山の厳しさを見せてくれた。なお北穂高小屋は北アルプスで 最も高い標高にある。 樅沢岳(岐阜県・長野県、2755m)2002年登頂 槍ヶ岳に登るために西鎌尾根を選んだために登頂することとなった。槍穂高連峰のビューポイントとして 非常に有名。西鎌尾根の稜線がせり上がって槍ヶ岳に到達している姿は圧巻。この西鎌尾根で初めて 雷鳥を見た。 大喰岳(岐阜県・長野県、3101m)2002年登頂 北アルプス3100m座の最後を締めくくる(三角点のある山で)山として登頂。ガスが出ていて乗り気で はなかったが、とにかくピークを目指したい同行者に渋々付いて行った。飛騨乗越の写真を撮っただけ だった。 笠ヶ岳(岐阜県、2897m)2003年登頂 岐阜県内単独峰では最も標高の高い山。笠新道は北アルプス3大急登の一つと言われるだけあり、年 に1〜2回しか登らない僕にはかなりきつい山行であった。下山途中では通常の1.5倍程度の時間を 要し、過去の山行では考えられない惨敗を喫した。季節的には花のきれいな季節だったのが救いだが、 また登れと言われても自信がない。 前穂高岳(長野県、3090m)2013年登頂 ずいぶんと久しぶりに、北アルプスの主稜線に出てみた。リハビリでいきなり吊尾根は危険と考え、岳沢 にテント泊して、アタックザックで登頂に成功。北アルプス3大急登と言われる「重太郎新道」だったが、早 朝で気温が低く、自分にとっては快適な環境だったため、コースタイムより1時間も早い時間で紀美子平 に到着。しかしそこから前穂頂上は思ったより時間がかかり、30分のコースタイムに対し47分だった。 その後は気温の上昇とともに歩行速度がダウン、自分の日あたり活動限界の6時間を大幅に超える11時 間30分かかって上高地に下山した。次回登るなら奥穂から吊尾根に挑戦か?なお不整脈の症状も発生し たことから、今後は何か対策を考える必要があるかと思っている。 |