ContaxとZeissT*のこと

第52話  そして終わりは突然に

2005年2月1日、京セラはコンタックスRTSVを含むMFボディ(ヤシカ/コンタックスマウント)の生産終了を発表した。
予測されていたこととは言え、実にあっけない、「国産最後の高級MF一眼35mmフィルムカメラ」の終焉であった。
RTSVは1990年の発売で、実に15年もの長寿を誇っていたわけだが、一度消えてしまった火を再び灯すというのは、とてつもない力が必要だ。もう京セラにはそんな力は無いだろう。つまり、
ヤシカコンタックスは永遠に失われてしまったと見てよいだろう。
ライカあるいはニコンは、その「製造技術の灯」を絶やさないよう、細々ながらも高級MF機の製造を続けている。
常々製造技術を大切にしないメーカーは生き残れないと思っているのだが、今回の話しはそもそも「生き残る」気すら無かったのではないかと思わせる。
しかしこの事は重要な点で、今回の事件により京セラという会社が、多くのユーザーの信頼感を失ったであろう、というところに注目したい。
もっとも京セラは近年、自社ブランドの完成品というよりも、企業向け部品などへの展開を積極的に行っている。
企業にとって、個人ユーザーからの信頼は何事につけても取り付けたいというのが普通の感覚だと思うが、そういう感覚を捨てて仲間うち企業との結束を優先させたのだろうか。
もともと京セラは、コンタックスというブランドをアクセサリーのように考えている節がある。ブランドイメージが低下すれば、さっさと見切りを付けてしまいたかったのかもしれない。
しかしこんなことでは、旧ヤシカの流れを汲む技術者達は歯がみしているのではないだろうか。ヤシカ系の京セラサービスセンターの対応も良いという評判だっただけに、社員の志気へも影響が出そうな気がする。
皆の胸につかえていた疑問を表現するなら、この一言だろう。

やはり京セラはカメラメーカーではなかったのだ。